2007年08月08日

朝青龍と高砂親方の発言

大相撲の横綱、朝青龍が鬱病寸前との診断を受けた。相撲協会の派遣した精神科医も、「深刻な状態」と診断した。
まあ、朝青龍も良くない。仮病(?)をつかって巡業をサボり、モンゴルでサッカーをやっていたのだから。
だけど、今は状況が違う。3人の医師、それも一人は相撲協会が派遣した医師が鬱病の一歩手前と診断しているのだ。
問題はそれを聞いた高砂親方の発言だ。親方は朝青龍にこう言ったらしい。
「辛抱と我慢も肝心だ。頑張ろう」
これって、鬱病の人に一番言ってはいけない言葉じゃないだろうか。
辛抱と我慢ができないから病気なんだ。患者本人は精一杯頑張っているんだ。
今はどこの会社でも、管理職はメンタルヘルスの講習を受ける。メンタルヘルスの知識の無い管理職は、管理職の資格がない。
だから、高砂親方は管理職の資格が無い。
これを機会に相撲協会も親方対象にメンタルヘルスの講習でもやったらどうだろうか。
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2007年08月07日

鬱病のこと

 2001年の10月、夜眠れない日が続いた。毎日3時間くらいしか眠れなくて、これはおかしいと感じて、駅に看板が出ていたNクリニックに行った。トレーニング機や、環境映像を流している映写室、リラクゼーションカプセルとか言うものが設置された部屋があって、「すげぇ」って思った。10時診療開始なので「早めに」と思って9時半ころ行ったら、もう待合室には人があふれていて、結局診てもらえたのは午後の1時半頃。他の患者さんに聞くと朝の7時くらいから並んでるんだそうだ。
 で、5分くらい先生と話をして「鬱病だね、薬を出しとく。また来週きて。」と言われた。出された薬を見て大びっくり。持っていったバッグがいっぱいになるくらいの量。20種類くらい出されたんじゃないかな。覚えているのはトレドミンと、薬をのむとねむくなるからとリタリン、そして胃が荒れるからと胃の薬。
 その日からその大量の薬をまじめにのみ続けた。そしたら頭はボンヤリするし、物忘れは激しくなるし、しまいには何か用があって立ち上がった瞬間になんで立ち上がったかわからなくなる始末。その頃のことは、実を言うとあまり記憶がない。家内に言わせると家に帰っても誰とも口をきかず、ボーっとしていてご飯食べて寝るだけだったらしい。
 次に記憶があるのは2002年の春(それまでの記憶はとんじゃってる)。気がつくと65kgだった体重が85kgになっててびっくり。会社の上司も僕のことをおかしいと思ったらしくて、その年の4月の編成ですべての担当からはずされてしまった。
 5月になって、家内が誰かからKクリニックのことを聞いてきて、「お父さん、Kクリニックでセカンドオピニオンを聞いてこようよ。」と言った。僕ももう苦しくてたまらなかったから家内の言うとおりKクリニックに行く事にした。
 Kクリニックで先生に病状を話しNクリニックで出されていた薬のリストを見せると、先生は目を丸くして「こんなに薬をのまれては、手のつけようがないなあ。」と言った。で、いろいろ話しをしてそれからはK先生に診てもらうことになった。
 2回目の受診の時「診断書を書くから、しばらく会社を休んだほうが良い。」と言われ、6月の中旬から一ヶ月休んだ。Kクリニックに変わったばかりの頃は、たぶんNクリニックで出されていた薬の禁断症状じゃないかと思うのだが、苦しくて仕方がなかったが、2〜3週間したら嘘のように頭がクリヤーになってきた。
 それ以来、鬱になったり良くなったりを繰り返しているが、徐々に良くなっているという実感がある。
 鬱病になる前の僕は、会社の帰りは健康のため一駅前で降りて4キロの道のりを歩いて帰り、毎週ジムに通い、土日も5時に起きて打ちっぱなしの早朝サービスに行くという、結構積極的な人間だったと思う。
 鬱病になってから「頑張る」こととか「我慢する」ことができなくなってしまった。一年半続けていた禁煙もやめちゃったし、休みの日も何もしない。何もする気がしない。何かしなきゃっていう焦りはある。そこでまた悩む。
 早くもとの自分に戻りたい。仕事もバリバリやりたい。
 早く完全に治らないかなぁっていつも思っている今日この頃でありまーす。
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2007年08月06日

大増税の影響

我が家の家計は重大なピンチに陥っている。原因は、定率減税の廃止と住民税の大増税。
そもそも定率減税というのは、恒久減税という振れ込みだったのではなかったか。なぜここで廃止する。
住民税の増税分は所得税が下がるからと言われても、納得できない。
現に、我が家の手取りは1万円以上増えているのだ。
先日の参議院議員選挙で、与党が惨敗したが、こういった庶民の小さな怒りが噴出したとしか思えない。
とにかくむやみな増税はやめてくれ。
無駄な支出を徹底的に削減して、「まだ、これだけ足りません。増税にご協力ください」と、国民にお願いしてから増税するのが筋だろう。
政府、与党の熟考を期待する。
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2007年08月04日

難病と言われた話

 2001年の4月、会社の成人病検診で便に潜血反応が出て、大腸ファイバーの精密検査を受けた。
 精密検査を受けた浜松のM病院は、痔や大腸の病気では全国的に有名な病院らしい。待合は大勢の患者さんであふれかえっていた。
 病院に行き受付を済ませると検査着に着替えさせられ、病棟の休憩室みたいなところに連れて行かれた。看護婦さんが何やら液体の入ったボトルを2本(1本1リットルくらい)とコップを持って来て「これ、全部飲んでしまってください。時間がかかってもかまいませんから。途中でトイレに行きたくなったら行ってもいいですよ。」と言って、僕を残して行ってしまった。
 僕は恐る恐る1本目のボトルの液体をコップについで飲んだ。グェッ、まずい。それはまさに海水の腐ったような味であった。一口ずつ頑張って、時々残っている液体の量に絶望しながら飲んでいった。1本目の半分くらい飲んだところで看護婦さんが「飲みましたか?」と言ってきた。「まだです(時間がかかってもいいと言ったじゃん)。」
 なんとか1本目を飲み終えて、2本目にかかったら、おっ、これはポカリだ。これなら飲める。腹は一杯だが、ポカリならなんとかなると、こっちは結構早く飲み終えた。
 すると、まもなく猛烈な便意が襲ってきた。トイレに通う事十数回。途中、看護婦さんが来て「出てくるものが完全に透明になったら声をかけて下さい。」と言っていった。それからまたトイレに出たり入ったり。ようやく出てくるものが透明になったので看護婦さんに声をかけたら、看護婦さんは出てきたものを確認して「はい、じゃあ検査室に行きますから。」と、僕を検査室に連れて行った。
 検査室で先生を待っている間に「検査中に事故があっても文句を言いません」みたいな同意書にサインさせられた。
 先生が来て「じゃあ、始めようか。」と言うと、看護婦さんが僕の腕に何やら注射をして、数秒後には意識が無くなった。
 「おい、君。」先生の声で目が覚めた。猛烈に眠い。「君、腹痛くないか?下痢してないか?」先生が僕に聞いている。「いいえ、なんともありません。」と、答えたのを覚えている。とにかく、数ミリの小さなポリープがあって、それを取ったので今日は入院だそうだ。僕は病室にストレッチャーで運ばれながら、また寝てしまった。
 「ご飯ですよ。」の声に起こされて、周りを見ると6人部屋の病室に寝かされていた。まだ眠かったし、夕食はスゲェまずかった。
 夕食後、ナースステーションに呼ばれて先生から説明を受けた。ポリープは数ミリで小さいので問題はない。しかし、大腸の右側に潰瘍が出来ていて炎症をおこしていると言う。難病の潰瘍性大腸炎かクローン病が疑われると言うのだ。とにかく、今日の検査で採取した標本を詳しく調べて対処すると言う。
 一週間後、僕は再びM病院を訪れた。検査の結果を聴くためだ。先生は検査の結果を書いた紙を見ながら難しい顔をして「やはり炎症をおこしているね。潰瘍性大腸炎を疑わなくてはいけない。」と言う。しかし、自覚症状が何も無い僕には全然ピンとこない。インターネットで調べたが、潰瘍性大腸炎なら下痢とか腹痛の自覚症状があるはずだ。「ひどくなったら手術で腸を切り取らなくてはならないよ。」と先生は脅す。「薬を出しましょうか?」と聞かれたので「納得がいかないので、経過観察にしてください。」と言って、投薬はやめにしてもらった。帰り際、先生が「潰瘍性大腸炎は大腸癌になりやすいから気を付けな。」と、捨て台詞のように言った。
 その後、二人の消化器内科の医者(二人とも医学博士だ)に相談してみた。二人とも一笑に付して「潰瘍性大腸炎のわけがない。」と言う。潰瘍性大腸炎は大腸の直腸に近い方、つまり左側に出来るのが普通であって、右側に出来たのは見たことがないという。また、そんな炎症があったくらいで潰瘍性大腸炎と診断していたら、世の中潰瘍性大腸炎だらけになっちゃうよ、と言う。なんでも薬を飲んでも大腸に潰瘍や炎症が起きる事がしばしばあるそうだ。一人の医学博士はポリープを取ったことまで言及し「今時、そんな小さなポリープは取らないよ。患者に負担をかけるばかりだしさ。ポリープ一個取ったら10万円だもんね。」と言った。実際、僕は健康保険の2割負担(当時)で4万円くらい払った。
 その後、会社の健康保険組合に仕事で行った時「M病院で潰瘍性大腸炎って言われちゃってさ。」と話したら、会社にも潰瘍性大腸炎の患者が数名いるという。数名いる?潰瘍性大腸炎は統計では10万人に3人の難病だぞ。社員数2,000人の会社になんで数名も潰瘍性大腸炎の患者がいるんだよ。
 そのまま数年がたったが、僕はなんともない。毎年の検診でも便に潜血反応が出ることも無い。腹も痛くなければ下痢が続く事も無い。

 最近、近所の看護婦をしていた奥さんに面白い事を聞いた。浜松市には潰瘍性大腸炎やクローン病の患者が妙に多いそうである。
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2007年08月03日

鬱病偉人クラブ

ミケランジェロ
ヘミングウェイ
ガリ
カミュ
ウルフ
マヤコフスキー
ドストエフスキー
エセーニン
有島武郎
宮沢賢治
久保栄
岡本かの子
吉行淳之介(学生時代、あるバーでいっしょに飲んだことがある。吉行とは知らず「おっさん」なんて呼んじゃって、後でバーのママから吉行淳之介だと聞いてビビッた)
山口瞳
開高健
夏目漱石
トルストイ
バルザック
ゲーテ
チャイコフスキー
シベリウス
ダーウィン
フロイド
リンカーン
チャーチル(言わずと知れた英国の首相だけど、作家としてノーベル文学賞を受賞している!ナチスと闘いながら鬱病とも闘っていたんだね)
ライト兄弟の兄
芥川龍之介
小川宏
竹脇無我
木の実ナナ
高嶋忠夫
高木美保
Mark

みーんな鬱病だった。

太宰治は境界型人格障害だね。

抗鬱剤が発達したのは第二次世界大戦後の事だから、それ以前は本当に大変で、チャーチルなんか議会の演説の途中で頭を抱えて倒れたりしたらしい。

鬱病でも歴史に残る偉大な仕事が出来るってことだ。

俺も芥川賞くらい取れそうな気がしてきた。
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2007年08月02日

ビートサタデーライブ

 ひと月に一回、第四土曜日の夜、静岡市の小黒にあるライブスペース ビートで歌を唄う。
 僕がフォークのバンドをやっていたのは高校生の頃。それ以来30年、人前で歌を唄うなんてことは一度もなかった。まあ、時折友人の結婚式で唄ったくらいだ。大学生の時にレコードを作ったが、ついぞ人前で唄う機会には恵まれなかった。ましてや社会人になってからは、ギターさえも持つことはなく、もっぱらカラオケシンガーを貫いてきた。
 そんな僕をおだててあおってその気にさせたのがライブスペース ビートのマスター、長田氏である。長田氏のヨイショに乗せられて、マークなどという芸名まで拝領して、40代後半のオッサンが、お客さんの前で下手なギターを弾いて歌を唄うことと相成ったのである。
 3、4曲のステージを一晩に2回やるから、7、8曲唄わなくてはならない。毎月同じ曲ばかりやるわけに行かないかし、曲の合間にはシャベリも入れなくてはならない。素人のお遊びライブとはいえ、お客さんを飽きさせないようなステージ構成を考えるのは結構大変なことだ。毎月第四土曜日が近づいてくると、緊張感が高まり、不安になる。「おなかが痛いと言って今月は休もうか。」とか思うこともある。まるでテストの前の小学生だ。
 なんだかんだ言いながらも、この一年間休むことなく毎月ステージに上がって唄っている。うまくいく時も、いかない時もあるが、お客さんが拍手をしてくれ、シャベリで笑ってくれて、ステージを降りた後、握手を求められたりしたときは、「ああ、みんなの心の健康に役立つことが出来た。」と、ひとり心の中で満足感に浸るのである。
 きっと、僕は声が出る限り歌を唄い続けるのだろう
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2007年08月01日

ステロイド

 数年前、キンタマの裏が痒くなって、薬屋で「陰部の痒み」に効くと効能書きに書いてあった軟膏を買ってきて塗った。痒みはたちどころに治まった。
 ところが、しばらくするとまた痒くなって、前よりひどくなった。そして、またその軟膏を塗った。そんな事をずっと繰り返していた。そのうち、軟膏を塗ったところの皮膚が黒くなって、硬くなり、塗らないと軟膏を塗った部位がひどくかぶれたようになった。
 これはおかしいと思いよく調べたら、塗っていた軟膏がかなり強いステロイド軟膏だということがわかった。インターネットでステロイドのことを調べたら、色々な副作用があることがわかり、ヤバイと思って使うのをやめた。
 まず、やめて数日経ったら身体中に湿疹ができて、発熱した。身体の湿疹は数週間続いた。便潜血も出て、大腸ファイバーをやったら、大腸に潰瘍が出来ていた。
 身体中にできた湿疹は数週間で治ったが、ステロイド軟膏を塗った部位だけは炎症が治まらず、びっしりと湿疹ができて、掻くと皮膚がボロボロとはがれて落ちる。痒くて痒くてしかたがない。場所がキンタマの裏から肛門にかけてだから、しまつにおえない。人前で掻くこともできない。
 ステロイド軟膏をやめてちょうど1年。ようやく炎症も治まり、痒みもなくなった。
 調べてみたら、市販の外用薬にステロイドが含まれているものがわんさかある。中には僕の使った軟膏のようにかなり強い物もある。うっかり使うと僕みたいにひどい目にあう。必ず医師薬剤師と相談の上で使うべきだ。
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